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2012/05/20

【保元の乱】主要人物リスト(2)崇徳陣営(年齢は1156年時点の満年齢)

大河ドラマ「平清盛」いよいよ保元の乱がはっじまるよー!みんなも見ようぜ!

というわけで、ちょっとこれまでの流れを簡単にまとめてみようという記事です。あくまで大河ドラマの物語に沿っての人物紹介なので、史実とは少し違うかもしれませんが、ご了承ください。詳しくはNHKの公式サイトにて!あっちの方がはるかにわかりやすいです!!
単に「大河大好き!面白いよ!今からでもみんな見ようぜ!!」と言いたいだけの記事です。すみません!

【保元の乱】主要人物リスト(2)崇徳陣営(年齢は1156年時点の満年齢)

※第20話時点の記事です

崇徳院(井浦新)
鳥羽院と待賢門院(璋子/たまこ)の長子。37歳。
父・鳥羽院には、祖父・白河院が璋子と密通してできた子(叔父子)ではないか、と疑われており、即位しても政治にたずさわれない・弟に帝位を譲らされて院政ができないなど、長らく不遇であった。その弟・近衛帝が病で倒れると、息子・重仁の即位と院政をひそかに期待するが、またしてもぽっと出の弟(後白河)にかっさらわれて恨み爆発。
友達が少ないので、仲良くなれそうな人を見つけるとかなり濃厚なスキンシップをはかりがち。しかし、わりと高確率で振られる。清盛には二度振られた。
父・鳥羽院ともども、苦悩の表情や涙を流す場面が多く、日曜夜にお茶の間の女子をときめかせている。また、NHK高松放送局のホームページで熱烈な声援を受けている。おそらくこの大河で二番目に視聴者から愛されている人物(一位は鳥羽院)。

藤原頼長(山本耕史)
藤原摂関家の二男。36歳。
凋落した摂関家の復権を図っている。潔癖で正論家である。平氏の急成長を「秩序を乱すもの」ととらえ、勢力を切り崩すために清盛の弟・家盛を(性的な意味でも)籠絡し、家盛の死の原因を作った。
違反者や政敵への厳しい処断によって敵を増やしすぎ、美福門院(得子/なりこ)や信西によって陥れられ、あっという間に失脚。対立していた兄・養護してくれた父にも見放され、今やオウムしか友達がいない。同じく友達のいない崇徳院への接近を図る。
平安貴族メイクを違和感なく、しかも美しく見せる奇跡の人物。

源為義(小日向文世)
源氏の棟梁。義朝の父。60歳。
摂関家とつながりが深く、そのもとでダーティなミッションをこなしてきたが、長男・義朝に「盗賊と同じ」と批判されていた(義朝も似たようなことしてたじゃねーか!と視聴者からのツッコミが相次いだが、私はその立場に与しないものであります)。父としてのプライドを傷つけられ、義朝を「強くなりすぎた」と廃嫡。義朝の地盤を切り崩すため、二男義賢を関東に派遣したが返り討ちにあった。
八男・為朝が西国の鳥羽院領で暴れまくって鳥羽院に忌避されるなど、息子の教育はあまりうまくいってない様子。ドンマイ。

平忠正(豊原功補)
清盛の叔父(父・忠盛の弟)。生年不詳。50代後半くらい?
平氏の血を引いていない清盛を跡継ぎと認めず、何かと対立していたが、一方で海賊討伐の際に清盛のピンチを救うなど、ツンデレの見本を見せる。
清盛の弟・頼盛が崇徳院へ寝返ろうとするのを察知し、正真正銘の平氏の子である頼盛を「棟梁を裏切った」という汚名からかばうため、頼盛の清盛への不満を肩代わりする形で崇徳院陣営へ参加。このうえないツンデレの鑑となり、視聴者の涙を誘った。

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